お知らせ

~頭痛~

今回は‘怖い頭痛’のお話です。すぐに命にかかわる、‘怖い頭痛’の代表は、くも膜下出血です。その原因の大部分は、(嚢状)脳動脈瘤の破裂です。もともと脳の血管の一部に瘤のようにふくれたところがあって、それがある日突然、破けることにより脳の底の部分や周囲に出血が拡がります。この瘤は数ミリから1センチ程度の大きさで(中には2センチ以上の大型のものもありますが)、破裂するまでは何の症状もないことがほとんどです。脳動脈瘤が破裂すると、‘いままで感じたことのないような激しい頭痛’‘後頭部を突然殴られたような頭痛’という激しい頭痛と、吐き気、嘔吐などが起こるのが典型的です。

典型的でない症状としては、‘目の奥が痛くなった’、‘首のあたりが張る’という場合もあります。その場合は、一般の内科の先生方は診断に迷うことも多く、風邪、眼精疲労という病名で帰宅されることもあります。典型的でないという点で、極端なことを言えば、症状が吐き気だけで、消化器科を受診する患者さんもいるくらいです。来院したすべての患者さんに頭部CTを撮るわけにはいかないので、そのような場合には、くも膜下出血が見逃されることになります。どうすれば良いか…という、絶対の答えはありませんが、ご両親、ご兄弟にくも膜下出血になったことがある方、破裂のリスクファクターである喫煙などに思い当たる方は、普段ないような眼の奥の痛みや首の張りなどが、急に起こった場合には、すぐに検査ができる脳神経外科を受診していただくと、診断の確率はあがると思われます。但し、ごく少量の出血ですと、頭部CTを撮っただけではわからず、腰椎穿刺による髄液検査などを行わないとわからないこともあります。
くも膜下出血と診断されたら、一番怖いのは再出血です。脳動脈瘤は最初に破れたあと、取りあえず血餅で孔がふさがることが多いですが、ちょっとしたことで、すぐにまた破れます。血圧を下げたり、止血剤を使ったりするだけでは再出血を止めることはできません。2回目の出血は24時間以内に起こりやすいと言われ、最初は頭痛だけだったとしても、次は意識がなくなり重い後遺症を残すか、最悪の場合その場で心臓が止まることもあります。再出血を抑えるには、脳動脈瘤の根本にクリップをかけて止める(開頭-脳動脈瘤頸部クリッピング術)か、血管の中から脳動脈瘤の中にコイルという金属(プラチナ製)がクルクルと丸まったものを詰めて(血管内治療-脳動脈瘤コイル塞栓術)しまいます。動脈瘤の位置や、形、大きさなどによりどちらの方法が適しているか、決めなければなりませんし、どちらも一長一短はありますが、再出血は高い確率で防ぐことができます。

さて、ここまで述べてきたくも膜下出血のほかに、もうひとつ、‘怖い頭痛’があります。動脈が裂けてゆく状態-脳動脈解離です。脳の血管の壁は、内側から内膜-中膜-外膜、と並んでいます。内膜と中膜の間が裂けて血液がその隙間にはいると、①血管が裂けるときに激痛が起こります。この段階で自然に裂け目がとまり、症状がなくなる場合もありますが、もっと裂け方がひどくなると②内膜が内側に押されて、もともとの血液の通り道が狭くなり、血液が先の方へ流れなくなる、つまり、脳血栓などと同じように脳梗塞を起こすこともあります。さらに、裂け目が中膜から外膜の間に進むと、もっと深刻です。外膜は比較的薄いので、③外に破れてくも膜下出血を起こします(‘解離性’脳動脈瘤とも呼びます)。この場合は、本文の前半で書いた(‘嚢状’脳動脈瘤)よりももっと再破裂をきたしやすく、死亡率も高くなります。この脳動脈解離は、30~40歳くらいの比較的若い人に多く、以前は、原因不明の頸部痛や後頭部痛として片づけられてきたものも多いのですが、最近は、MRI検査や3次元CT血管造影などの進歩により、診断率は上がってきています。
ただ、一般の内科の先生方にとってポピュラーか、といわれると、まだ、そこまで認知していただいてはいないかもしれません。頭痛、といっても痛む場所はいろいろですが、日本人の場合の脳動脈解離は、「椎骨動脈~脳底動脈」という頭の後ろの方に起こりやすいと言われています。突然、右か左の首筋から耳の後ろあたりまでの激痛、または、のどの奥の激痛などが起こった場合は、救急でMRIや詳しいCTができる病院か脳神経外科専門のクリニックを受診されることをおすすめします。

このように書くと、頭痛のたびに脳外科の病院に飛んでいかなければならないの?と思われるかもしれません。必ずしもそういうわけではないのですが、救命救急センターには、「今までにない強い頭痛、なんだかおかしいけど我慢してしまおう」とか、「とりあえず、いつも風邪や下痢のときなどに診てもらう内科の先生のところへ行けば」、という巡りあわせで、重症になってから救急車で搬送されてくる方も少なくありません。「この頭痛はちょっと普通ではない…!」とご本人や周りの方が気づいてくださることで、ここに挙げた‘怖い頭痛’でも、すっかり元気になる確率が上がります。それをお伝えしたくて、このテーマを選びました。皆さんの、いざというときの判断のお役にたてば幸いです。

平成28年9月発行 救急便り108号より
日本医科大学多摩永山病院 救命救急センター 畝本 恭子